人の姿かたち 〜アジアとヨーロッパの肖像
国立国際美術館で開催されていた『アジアとヨーロッパの肖像』
(11月24日で終了しています)
人の肖像を時間の流れに沿って見比べることができるようになっていました。
(他国の文化に触れる以前)その国ごとの独自の肖像。
他国の文化に出会ってからの肖像。
他国の文化を取り入れての肖像。
文化の融合が地球規模の現代の肖像。
展示は、5つのパートに分けられ、それぞれに区分けが書かれていましたが、
区分けの表現が、私にはちょっと難しかったように思います。
というわけで、上記は、私なりの区分けです。
過去に描かれた肖像を観ると、
その国独自に、顔や姿の捉え方というものが確実に存在しています。
今まで見比べることがなかったので、気づきませんでしたが、
その違いがはっきりと見て取れます。
おもしろいテーマ性のある展覧会でした。
異文化が入ってきても、すぐにそれを受け入れるわけでもない、ということも分かりました。
異文化が入ってきて、それにある程度慣れ親しみ、受け入れる・・・
この過程をすっ飛ばしては進めないのです。
私が子どもの頃は、近所に外国人が暮らしている、という環境とはほど遠いものでした。
しかし、テレビのCMや映画で観たりして、目は慣れていました。
日本人以外、見たことのない時代の人たちが、初めて外国人を見たとき、めちゃくちゃ驚いたことでしょう。腰抜かしてひっくり返りそうなくらいだったかも。
今の子どもたちは、デジタルネイティブの世代です。
外国人という感覚も希薄でしょう。
どんな田舎でも、たいてい外国人が住んでいます。
話がどんどん逸れていっていますが、
この展覧会の大きなテーマは、『他者とは、自分の中に存在している』ということで、
肖像を通じて、自分とは何か?ということを問われているように感じました。
この前、NHK サイエンスZERO http://www.nhk.or.jp/zero/
シリーズ“人の謎に迫る”でも、展覧会と同じテーマが扱われてました。
それは、『他者と通じて、自分を知る』です。
人間の他者は、人間だけでなく、すべての存在だいうことです。
生物だけでなく、机や椅子だってそうです。
人類は、“自分を知る”というさいだねの持ち主なのですね。